■「学歴」は、ガマン大会の賞品?(10/10)





『 自分の実力を
正確に表しているとは
言いがたい 学歴 』




そんなものが
「人生の しあわせ」などでは
決してない
ことが、

さすがに 今回は、
ふき にも、もう
分かってしまいました。





それにしても…


どうして そんな、
『 おかしな学歴社会 』が、

無くなりもせずに
続いてしまっているのかなぁ…






ポツンとつぶやいた ふき に、

ミューラー は、
このように答えました。





今の この国の、
政治家さんや 社長さんといった

「世の中を動かせる立場」
の人の 多くが、

『学歴』によって
選ばれている
ことが
一因ではないでしょうか?





人は、心の中で
「おかしい」と 気づいても、

『 それによって 自分が
恩恵を得ている 』と、

自分からは
なかなか変えることが
できない
ものです。





その意味では 残念ながら、

おかしいことが
おかしいまま、

この国では 今後も
続いていってしまう
のかも
しれませんね…







…いや、

政治家さんや、
社長さんばかりじゃない…





「自分は、大学受験をガマンした
立派な人間なんだ」

思いこんで、

高卒や中卒の人間を
見下したり、

自己正当化に使っていた

自分自身 もまた、


今まで『 学歴社会 』
疑問すら持たなかったし、

きっと これからも、
簡単には否定できない
のではないだろうか…?




そう考えると ふき は、

世の中や、
自分自身
というものが

なんだか 少し
怖く思えてくる
のでした…








その人の能力を
正確に表していない「学歴」
に、

一体 なんの意味が
あるのでしょうか?


自分の脳の機能を
「記憶」方面 ばかりに
ゆがめて
でも

就職のために
固執せざるを得ない、
今の この国の
『学歴』というものに、

私は、
「価値 や しあわせ」どころか、
『恐ろしさ』を感じてしまう
のです…





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