■ 「友だち」 を、生存本能で考える(2/2)






さ、さて、

あらためて議論を始めましょう。


今日は、『友だち』 についてです。





ミューラー が、

ようやく落ち着いた
部屋の まん中で、

そんなふうに切り出しました。




以前に やった
『無限化』 でも感じたけど、

友だち…

「ただの知り合い」 じゃなくて、
「信頼できる友だち」 が多いのは、

ものすごい安心感 に つながる…

というのが実感だなぁ。





友だちが多いと、

なんで安心できるの? ふき




ネック が、

先ほどのイザコザなど
無かったかのように、

アッケラカンと
そんな質問をしてきました。





そ、それは、その…

やっぱり 「自分1人じゃない」 っていうか、

「味方がたくさんいてくれる」 っていう…

そんなとこが
安心なんじゃないかな…?





なるほどね。
「味方が多い」 …か。


逆に言うと

「敵が少ない」 ってことだね。






あ!


  



ふきかみね が 同時に、

「その先の結論」
気が付きました。





その通りです。

味方が多ければ、
「何らかの問題が発生したときに、
お互いを助け合うこと」
ができる…

1人では克服できないような問題も、
協力し合うことで
突破できるかもしれません。


また、敵が少なければ、
「他者から攻撃を受けるケースも少なく」 なり、

自分の命が危険にさらされる確率も、
当然 おさえらます。





したがって、

『友だちの存在は、
自己の生存確率を上げてくれる』


と 考えることができるわけです。






ふき は、ミューラー
解説に うなずきつつ、

今になって ようやく、

「以前の自分が あんなに
アドレス帳を太らせることに
躍起になっていた理由」
が、

クッキリと
見えたように思えました。




自分の中に確固たる 「柱」 が無く、

いつも なんとなく
自分の人生に 不安 を感じていた

当時の ふき は、


疑似的とはいえ
『友だち』 を増やすことで、

「自己の生存確率が上がった」 という
安心感 を得ようとしていた
のでしょう。








でも、実際に そこに記されていたのは、
ほぼ 100%、社交辞令などで増えただけの
「単なる知り合い」 であり、

彼らは イザとなったときに、
身を挺してまで
ふき を助けてはくれないでしょうし、

ふきも、身の危険をおかしてまで
彼らを助けたいとは思わない、

そんな 「名前の羅列」 に
すぎませんでした…




もちろん、それが悪いというわけではなく、

そもそも 世の中の
つながり の ほとんどは、
『損得』 によるもの
なのです。


得だと思われれば つながり、
損だと感じれば 離れていく、
ただ それだけの関係…



た今までの ふき が、

その 真実 を 「信じたくなくて」、
目をそらしていた
というだけの話なのです。









でも、そんな中においても、

学生時代からの親友や、
社会に出てからできた貴重な友人、
同好の士、尊敬する上司などの、

互いを信頼しあえる
計5人の 『 本物の友だち 』

持てていた ふき



自分が 「損」 をかぶることになっても、
相手の 「得」 のために行動したい
と思い合える 仲間



ネックたち が称賛したように、

ふき は、本当に代えがたい
「しあわせ」 の1つ
を、
手にしているのです。





そして、それに気づけたのは、

今、ふき の家に集っている、

新しい、3匹の 「仲間」
おかげではないでしょうか?





    







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