■ DNA の生存本能で、
『正義』 について考えてみる(3/6)







ネットの世界を見ていると、

そうした 『 多数派 = 正義 』 を
悪用している人たち
が、
一部に いますよね…


1人でいくつもの
アカウントを作って、

それぞれ別人のようなフリをして、

「自分に都合のいいコメント」 を
さまざまな 掲示板 や SNS に
大量投下している
んですよ?





きっと、

自分と同じ意見の人が
世の中に たくさんいるかのように、
見せかけたい
のでしょうね…





そう言って かみね は、

自分の愛用の
スマホ (のようなもの) を、
寂しそうに なでるのでした。





なるほど…

ネットの匿名性を悪用して、

『 あたかも 自分たちが
多数派であるかのように
印象操作 している 』


わけですね?


その意味では、
ネットが一般化した現在は、昔以上に、

『 多数派(と思われるもの) = 正義 』
とは 限らなくなってきている


のかもしれません。





そう言うと、ミューラー も、

めずらしく、
さびしそうに ため息を
つくのでした。





それにしても、

人間さんというものは
不思議ですね…


「インターネット」 のような
素晴らしい発言の場

発明するような偉人もいれば…


そんな文明の利器を、

『 情報操作 に悪用 』

することしか考えられない
輩もいるなんて…





「人間の英知」
深い感銘をうけている
このトンビ紳士には、

人間社会の この矛盾が、

悲しくて仕方がないようです…






ま、どっちにしろ、

『 正義とか 悪とか 』 の
正体っていうか
スタート地点なんて、

「ただの個人の損得」 なのにさ…





深く考えずに
そんなものに振り回されて、

『正義のために!』 とか、
『悪を討て!』 とか
ほざいてる連中
は、

ほんと単純ってか、

アホ だと思うわ?






言われてみると たしかに、

アヤフヤな 『 正義 』 に
ふりまわされている人
が、

この世の中には なんと多いことか…







本人たちは、自分たちの

『 ゆるがぬ (と思い込んでいる) 正義 』

妄信し、陶酔し、

ときに、他者に対して
攻撃手段に出たりもしますが…



その 『正義』 の実態が、

単に 「自分が得をしたい」
というだけの気持ちであったり、

「どこかの誰かが、自分が得するために
コッソリと周りの人々を操作しているに
すぎない代物」
だと判明したとき、

彼らは一体、どうやって
責任を取るつもりなのでしょう…?





でも、「そこに気づける人が、
まだまだ少ない」
からこそ、

さまざまなケンカや戦争も、

この世から簡単には
無くならないのかもしれませんね…





かつての ふき も また、

そうであったように…











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