■ 「友だち」 を無限化してみる (1/2)






今日は、『友だち』 について
無限化してみましょう。

もちろん、
単なる知り合いなどではなく、

「親友」 の無限化です。




それって つまり、

どうなるんだろう…??



この世に生きてる
人間の 全部が全部、

あんたのマブ(親友)になる…


って とこじゃないの?






そ、そ、それはスゴイ!





出会う人 皆 「親友」 ということは、

この地球すべてが…

いやいや、この宇宙すべてが、

ふき にとって
誰とでも気軽に語り合える
フィールドになる
という事です。



これ以上 心強いことなんて、
この世にあるでしょうか??



これは もう、

『友達は、しあわせ そのもの』

と断言してしまって良いのでは…?





たしかに、

そうなった時点では、
「しあわせ そのもの」 と
言えるかもしれませんね…




ミューラー が、

ちょっと引っかかる
言い方をしました。




どういう事、

ミューラーさん?



たとえば ふきくん。

ふきくんは、
昔好きだった芸能人さんなどを、

今でも変わらず、
全員 好きですか?





「え! どうだろう…?」






言われて思い返してみると、

一部には 今でも変わらず
ファンでいたい芸能人もおりますが、

大半の芸能人は、

どちらかといえば、
忘れてしまっておりました…




それは、なぜだと思いますか?



んー…

僕の趣味が
変わっちゃったのかなぁ?




あと、その芸能人の
実力が落ちちゃったりとかして、

「どーでも よくなった」…

とかも、あるんじゃないの?




言われてみれば、その通りです。


昔は大好きだった歌手が、
年とともに歌の作りが
荒くなってしまって、

幻滅して CD を買わなくなり、

そのまま 気がつけば
忘れ去ってしまっていた…

といった感じのケースが、
たしかに 何件もありました。



それは、つまり…




ふきくん の心の中から、

その芸能人さんへの
『尊敬』 の気持ち が、

減ったり、無くなったりして
しまったからではないでしょうか?





『尊敬』!






そういえば、

先日 「友達」 について
ミューラーたちと
話し合ったときも、

その単語が出てきた
記憶があります。




芸能人さんたちは、

ファンの人たちに
ファンで ありつづけてもらえるよう、

努力し続けなければ
ならないんですねぇ…




かみね が、

「芸能人って大変なんだなぁ」 と
感心するような口ぶりで、
そう言いました。





ふき、それって、

『友情』 についても同じ
なんじゃないの?




ネック の言葉が、

ふき の頭の中に
パシッ と響きました。




その通りです。

この世の すべての人たちが
ふきくん の親友に
なってくれるということは、

たしかに、想像を絶する、
得がたい究極の 「しあわせ」

と言えるでしょう。




ですが、

そうなった以降も、
ふきくん自身が、

人々にとって
何らかの尊敬を感じさせる存在
であり続けなければ


彼らの親愛の思いは冷め、

じょじょ に親友では
なくなっていってしまう
のではないでしょうか…?





想像を絶する
究極の 「しあわせ」
を手に入れると、

それを維持するために、

想像を絶する究極の努力
が 必要になる…

というわけですね?





そんな事、
できるわけがありません。







もし できたとしても、

そんな、自分の身の丈(たけ)に合わない
努力ばかりに明け暮れる日々は

「しあわせ」 どころか
想像を絶する苦痛と地獄の日々
に 違いないはず…




「親友」を得ること自体は、

間違いなく屈指の
「しあわせ」 ですが、



「それを維持するための努力」 が、
また 別に、継続的に必要になる
以上、

残念ながら 『友だち』 も、
「しあわせ本体」 ということでは
無さそう
です。







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