■ 「健康」 を、生存本能で考える






最後は、

『健康』 に ついてか…





もちろん、今回の 「健康」 に関しても、

「これが どのように、
生物の 生存本能に
かかわってくるのか?」


ミューラーたち と
話し合った ふき でしたが…



これまで、いくつもの
「しあわせ」 について、

それらが実は、
『 DNA の生存本能によって、
しあわせ だと感じさせられていた 』

という事実を学んだ 今の彼にとっては、

こんなに結論が分かりやすい題材も
ありませんでした。




先日 ミューラー が、「健康」 を

『生物にとっての、
しあわせの1つの頂点』


と 称した理由も、

現在の ふき には、
しみじみと理解できるのです。






「死・消滅」 が、
DNA の最も恐れる結末であるなら、

その対極の 『健康』 こそが、
DNA の最も望む状態…



だから 私たち生物は、

『健康』 であることに
無上の喜びを感じる
のです。




今日、ミューラー は、

そのように表現しておりました。






ただ、われわれ生物は、

少々の病気やケガなどをしていても、
自分を 「まあまあ健康」 と感じるためか、

健康というものを、
「日常的な」、「当たり前の」 状態と
錯覚してしまう
ところがあります。



本当は、

『 ものすごく ありがたい、
しあわせな状態 』
なのに…




そして、大病や事故、災害などによって、
それまでの健康が大きく損なわれたとき

今さらながらに、

『 実は、当たり前でもなんでもなかった、
健康の ありがたさ 』
を再認識して、
後悔の涙を流す…



なんだか、

「愚か」 の一言で片づけるには寂しい、
人の心の不思議さを感じてしまいます。











また、ネック は 先日、
こう言っておりました。





当たり前のようで
ある日 突然なくなっちゃうのが、

「健康」 だと…






思えば ネック は、
「避妊手術」 によって、

『子孫を残す』 という
大きな 「しあわせ」 を、
失ってしまった猫
です。




ならば せめて、

ネック が その人生(?)を
十分に楽しめるよう、

「健康」 だけは これからも
シッカリと維持できるといいなぁ…



そんなふうに、
ふき は 考えるのでした。




ネック が、いつまで この家に
居るつもりか分かりませんが、

もし 彼女さえ良ければ、

このままウチで
暮らしてもらっても、

自分は 別に構わないかなぁ…



そんなふうにも、思うのでした。











なに こっちジロジロ見てんのよ、ふき

キモいんですけど。

この エッチスケベ変態野郎。






この性格さえ、
もう少し直してくれれば


という条件付きですが…


    







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