サイト『生きる意味の「正体」教えてやるにゃー』
第2章『それって、しあわせ?』
『学歴』が あれば、本当に幸せ?


■『学歴』が あれば、
本当に幸せ?(5/5)


『「記憶」は
そもそも 時代遅れ?』





てか、今の人間って、

ほとんどの人が
『コンピュータ』
使ってんでしょ?




「記憶」は コンピュータが
やってくれる
のに、

なに いまだに
『 記憶の 訓練 』
必死こいてんだか?

て 気もするんですけど…





ちょっと 極端な意見
のような 気もしますが、

ネック の 言葉にも
一理あります。





今の コンピュータ社会 は、

昔 以上に
人間の脳の『応用』面を
必要としているはず
なのに、


いまだに 記憶 ばかりを
重視しがちな
わが国の 学校教育…



実は、

時代や 世界から、
「ズレたり」「遅れたり」
してしまっている

のではないでしょうか…?






とにも かくにも、

『 自分の実力を
正確に表しているとは
言いがたい 学歴 』




そんなものが
「人生の しあわせ」などでは
決してない
ことが、

さすがに もう、
ふき にも
分かってしまいました。




それにしても…

どうして そんな、
『 おかしな 学歴社会 』が、

無くなりもせずに
続いてしまっているのかなぁ…





ポツンと つぶやいた
ふき に、

ミューラー は、
このように答えました。




今の この国の、
政治家さんや 社長さん といった

「世の中を動かせる立場」
の人の 多くが、

『学歴』によって
選ばれている
ことが
一因ではないでしょうか?




人は、心の中で
「おかしい」と 気づいても、

『 それによって
自分自身が恩恵を
得ている 』と、


なかなか 自分からは
変えることができない

ものです。




その意味では
残念ながら、

おかしいことが
おかしいまま、

この国では
今後も しばらくは、
続いていってしまう

のかも しれませんね…






…いや、

政治家や 社長ばかりじゃない…






「自分は、
大学受験をガマンした
立派な人間なんだ」

思いこんで、

高卒や中卒の人間を
見下したり、


自己正当化に使っていた
ふき自身 もまた、



今まで『 学歴社会 』
「疑問すら持たなかった」し、

きっと これからも、
「簡単には否定できない」
のではないだろうか…?







そう考えると、

「世の中」や「自分自身」
というものが
なんだか 怖く思えてくる
ふき なのでした…


  






その人の「実務能力」を
正確に表せられない『学歴』
に、

一体 なんの意味が
あるのでしょうか?


「就職」のために
自分の脳の機能を
「記憶」方面 ばかりに
ゆがめざるを得ない

今の この国の
『学歴』というものに…


私は、
「価値 や しあわせ」
どころか、

根深い『恐ろしさ』
感じずには おれない
のです…



【下へ 続きます】



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