■ 「学歴」 は、ガマン大会の賞品? (3/3)





今でこそ、ユーザーサポートのリーダー
やっている ふき ですが…


実は、今の会社には、

「プランナー」… つまり 「企画」 として
働くつもりで入社した
のです。

企画 とは、どういうゲームを作るかを考えて、
プログラマやグラフィッカーに指示を出していく、
制作監督 のような仕事です)





高い倍率の募集だったのですが、

最後には、ふき 最終学歴
応募者内で それなりに高かったことが、
選考の決め手になった
そうです。









ところが、物を憶えるのは大の得意でも、
ここ一番で奇抜な発想ができない
ふき のゲームアイディアは、

どうしても
既存のゲームの二番煎じ
なってしまいがちで、

企画会議でも
なかなか OK がもらえず…




気づけば別の部署に回され、
現在のサポート業務を
生活のためにイヤイヤやっている…


という経緯があったのでした。









ちなみに社内には、

最終学歴が 「高卒」 でありながら、

早い時点からゲームメーカーへの就職を決めて、
若い頃から地道な努力を積み重ね、

現在では、企画部門でバリバリ活躍している

社員が何人もおり…


ふき は、いつもそれを、
苦々しく思っていたのでした。





『自分は、つらい大学受験も
ガマンして耐えてきたのに、

どうして自分よりガマンの足らない
高卒ふぜいが、

自分より良い仕事を
任せてもらえるんだ!』





などと 考えたりしていたのです。







でも今日、ミューラー たちの話を聞いて、

自分に足りなかったものや、
自分の根本的な勘違い
に、
ようやく気づけたような気がしました。




今の日本の 『学歴』 は、必ずしも…

あるいは、業種によって は、

ほとんど 役にすら立ってくれない
ものだったのです。








てか、今の人間って、
ほとんどの人が
コンピュータ使ってんでしょ?


記憶はコンピュータが やってくれるのに、
なに いまだに必死こいて
「記憶の練習」 してんだか…?


て 気もするんですけど。






ちょっと極端な気もしますが、

ネック の意見も一理あります。



今の世の中は、

昔以上に 人間の脳の 「応用」面 を
必要としているはずなのに、

いまだに 記憶 ばかりを
重視しがちな日本の学校…


実は、時代や世界からズレてしまっている
のではないでしょうか…?






『自分の実力を
正確に表していない学歴』




そんなものは決して
「人生のしあわせ」 でない
ことが、

さすがに今回は、ふき にも、
もう分かってしまいました。









それにしても…


どうして それなら、
学歴社会が変わらないのかなぁ…






ポツンとつぶやいた ふき に、

ミューラー は、
このように答えました。







今の日本の、
政治家さんや社長さんたちの多くが、

「学歴」 によって選ばれていることが
一因ではないでしょうか?



人は、「おかしい」 と気づいても、

「それによって自分が恩恵を得てきている」 と、
なかなか変えることができないものです。





ましてや そういう人たちが、
世の中を動かす地位にいるのであれば、

「自分たちから変えよう」 と
動くことは まず無く…


残念ながら、おかしいことが おかしいまま、
今後も続いていって
しまうのかもしれませんね…









政治家さんや、社長さんばかりじゃない…


「自分は、大学受験をガマンした
立派な人間なんだ」
と思いこんで、

高卒や中卒の人間を見下したり、
自己正当化に使っていた
自分自身 もまた、

今まで学歴社会に疑問すら持たなかったし、

きっとこれからも、
簡単には否定できないのでは
ないだろうか…?




ふき は、世の中や、
自分自身というものが

少し怖く思えてきたのでした。









その人の能力を
正確に表していない学歴
に、
意味があるのでしょうか?


自分の脳の機能を
「記憶」方面 ばかりにゆがめてでも
固執せざるを得ない、
今の日本の 「学歴」 というものに、

私は、価値 や しあわせ どころか、
「怖さ」 のほうを感じてしまう
のです…





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