サイト『生きる意味の「正体」教えてやるにゃー』
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よく見かける 説明・結論になっていない「生きる意味」論


『よく見かける、
説明・結論になっていない
「生きる意味」論』


執筆日 2021年 05月17日   最終更新日 2021年 07月05日




『生きる意味』というものは、
誰しもが人生の中で、
必ず一度は 深く対峙する問題 です。




しかし 悲しいかな、
今の 忙しすぎる現代社会に おいては、
深く集中して思考する時間が
なかなか持てない
のが 現状で…


結果、ほとんどの人々が

『なんとなく それっぽい回答』を
「真理」だと信じ込むことで
無理に自分を納得させたり


何かモヤモヤしつつも、
「下手に これ以上 深く考えて、
今の自分の人生の矛盾に気づいてしまったら、
また人生について勉強しなおさなければ
ならなくなるのでは…?」と、
心配しつつ
暮らしていたりします。

(その心配があるからこそ、
上記のような「それっぽい回答」の おかしさを
指摘する(してくれる)他人を、
『自分の人生を全否定する敵』のように錯覚し、
強い怒りを感じさせるのではないでしょうか?)






というわけで 以下では、

このサイトの制作者若い頃から
本やテレビやネットなどで よく見かけてきた

『説明・結論になっていない
「生きる意味」論』
の サンプルを挙げて、
簡単な指摘 をさせていただこうと思います。


分かりやすくデフォルメしたものであり、
『特定の発言者や作品・サイトを批判するものではない』
ことを ご理解の上、
お読みいただければ幸いです。





 ▲『自分らしく生きればいい』

 ▲『死後、幸せになるために生きる』

 ▲『生きているだけで幸せ。そこに意味は無い』

 ▲『生きる意味を考える人は、物事を考えすぎ』





『自分らしく生きればいい』



『自分らしく』っていう言葉、
今では 当たり前に使われてるよね。

『自分らしく生きればいいのです』
とか言われると、
たしかに すごく
気持ちが楽になるし、

これこそ「生きる意味」だ!
みたいに 思えちゃうところ、
確かにあると思うよ。





でもなぁ…
『自分らしく』って
何なんだろう?


そもそも それが分からないから、
定まらないから、
多くの人が「生きる意味」が 分からず
悩んでる
んじゃないのかな?





というか「自分らしく」って、
考えようによっては
ただの 個人主義 だよね?

皆が皆「自分らしく」生きちゃった ら、
『社会』が 成り立たなく
なる気がするんだけど…





「自分らしく生きる」というのは
あくまで理想であって、

現実的な『生きる意味』
とは 違う
ような気が、
僕は しているんだ。





『死後、幸せになるために生きる』



なんか聞いた話だと、

今 生きている この世界は
「現世」って言って、
『死後の世界』へ 行くための
前段階なんだって。


で、現世で「良いこと」をすると
死んだ後に『天国』に行って
幸せに暮らせて


「悪いこと」をすると
『地獄』に行って苦しむ
んだってさ。





あたしからしたら
バカ みたいな話だけどね。

そんな
「あるかどうかも
分からないもの」

のために、
1回しかない大事な人生
費やすとか、

バクチとしても 割が悪すぎ
だと 思うんですけど。





てか、
『善悪って 人それぞれ』
でしょ?

誰が その善悪ってやつを
判断すんのよ?


「神さまが 決めます」
とか言われても
あたし 会ったこと無いしなぁ。

(「神さま」って 呼ばれてるらしい
キツネのじいさんは 知ってるけどね)






ま、信じたい人は 信じてれば
いいんじゃないの?


もし 死んでから
「そんな世界 無かった」
って事になっても、
どのみち もう 手遅れ
なんだし。


とりあえず あたしは
『今 生きてる この時間』を
大事にする
つもりなんで。





『生きているだけで幸せ。
そこに意味は無い』




『生きているだけで 幸せ』
『生きているだけで 丸儲け』

と言う人がいます。


たしかに生物さんは、
「自分が生き残れること」を
何よりの幸せ

感じるそうですね。

「生存本能」というものが
関係しているそうですが)






ただ、
「生きること」が 幸せ
なのだとしたら、

生物さんは
将来 必ず「不幸」になる

ということではないでしょうか?

言うでもなく、
全ての生物さんは
『いつか必ず 死んでしまう』
からです。


将来 必ず無くなることが
確定している「幸せ」
に、
意味や価値は あるのでしょうか?





それに
こう言っては なんですが、

「生きる」だけなら、
人間さんでなくても、
他の動物さんや 昆虫さん…
細菌にだってできます。



せっかく「人間さん」という、
この地球上で特殊な権力を持つ
存在として生まれることのできた
天文学的な確率の幸運
を、

「ただ生きる」だけ
消費してしまうなんて…


なんだか ものすごく、
もったいないような気がする
のは
わたしの思い違いでしょうか?





『生きる意味を考える人は、
物事を考えすぎている』




『人間は ただ生きていれば
それでいいじゃないか』


『「生きる意味」なんてものを
考えようとする人は、ムダに物事を
小難しく考えすぎている』


『神さまにでも なったつもりか?
思い上がりも はなはだしい』



そう言って、
「生きる意味を考える人々」
のことを 笑う人々
が、
一部に存在します。





しかし私は、逆に
そうした方々に質問したい です。

そうおっしゃる あなたたちは、
過去に一度でも「ご自分の人生」に
深く向き合い思考した上で、
そんなことを言っているのですか?

…と。


もし『無い』
おっしゃるのであれば、

「ご自分の人生」についてすら
深く考えたことも無いような人が、
「他人の そうした行為」を
批判するほうが、

はるかに『思い上がり』
ではありませんか?
と、
ご意見したいです。





「考える」ことに
ムダはありません。


『たとえゴール(結論)に
辿り着けなくても、
行ける(考えられる)所まで
トコトン行ってみる』

ことこそが 大切なのです。


せっかく 人間 として生まれ、
「高性能な 脳」を 持ちながら、

無思考に 感覚的に 生きようとする
一部の人たちこそ、
『人生を 損していらっしゃる』
ように 私には思えるのです。





ちなみに 実は、

「生きる意味」のような
自分自身の欲求と客観的に
向き合う必要のある思考
は、

「ただ 日々の生活に
追い回されているだけの人」には
辿り着くのが非常に困難
である

という がある事を…


最後に付け加えさせていただきます。




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